藤村俊二が引退…病気による体調不良の現在を嫁の藤村みか代が激白…ネットでは亡くなる寸前・もう死亡したなどのデマも…

「藤村も12月8日で81歳です。これまでいろいろ病気もしていますし、それは“ふつうの身体”ではありませんよ」そう語ったのは、俳優・藤村俊二(81)の妻・みか代さん(53)。

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“オヒョイさん”の愛称で親しまれる藤村。’11年10月からは、『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)のナレーションで、好評を博していた。だが“異変”が生じたのは、10月24日。「本日は私、太川陽介がおともいたします」と突然、ナレーターが“代役”に。その後も、林家たい平や石丸謙二郎らが入れ替わり立ち替わりナレーターを務めているのだ。

「日本テレビからは何も説明はなく、この事態にインターネット上では、『オヒョイさんは体調を崩して極秘入院したらしい』など騒ぎになっているのです。ひどいものになると『実はもう亡くなっている』という噂まであって……」(芸能関係者)

はたして藤村に何が起こったのか?所属事務所は’11年にすでに解散しているが、本誌は事務所社長兼マネージャーとして務めていた、みか代夫人に話を聞くことができた。「実は、藤村は仕事を全部辞めたんです。芸能界を引退?そういうことになりますね」

夫人の思いがけない言葉は記者を驚かせた。すでに心の整理もできていたのだろう、夫人の口調はとてもサバサバしていた。
「『ぶらり途中下車の旅』は、’12年5月に1千回を迎えています。実は当時からテレビ局にも『あと3年くらいで』という話をさせていただいていたのですが、体調のことも考慮して、10月で降板させてもらうことにしました。いま、藤村の体調でいちばん心配なのは動脈硬化。血管がボロボロなんです。心筋梗塞の原因にもなりますから、毎日、血液をサラサラにする薬を飲んでいます」

藤村がかかりつけにしていうのは、千葉県にある心臓外科で評価の高い病院だ。
「少し具合が悪くなると、そこにすぐ入院するようにしています。海の見えるお部屋で、『ハワイのワイキキみたいだ』と、本人も気に入っているようです。食事も美味しいですし……それと、美人の看護師さんもいて、それも大事ですよね(笑)。インターネットでは何度も死亡情報が流れていたようですが、逆に長生きするのではないですか」

芸能界からは、ひょうひょうと引退してしまった藤村。しかしその愛称のように、ヒョイと、街ですれ違うこともあるかもしれない――。

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藤村 俊二(ふじむら しゅんじ、1934年12月8日 – )は、日本の元俳優、声優、タレント、振付師。神奈川県鎌倉市出身。愛称はおヒョイやおヒョイさん。俳優事務所「オフィス・オヒョイ」代表。
実父はスバル興業社長。小学校から高等学校まで暁星学園で過ごし、演出家を志して早稲田大学第一文学部演劇学科に進学。理論偏重の教育に飽き足らず中退し、東宝芸能学校舞踊科を第1期生として卒業。
日劇ダンシングチーム12期生として1960年に渡欧し、イギリスやフランスを巡る。このとき本場の芸の水準に驚いて舞踊家の道を断念し、帰国後、振付師に転向。ザ・ドリフターズの大人気番組『8時だョ! 全員集合』」(TBS)やレナウン「イエイエ」のCFの振り付けも担当した。
本人によると、もともと振り付け志望であったが、番組中にエキストラ出演を頼まれることも多く、画面に映るのが嫌でその場から「ひょい」と逃げていたところ、「おヒョイ」のあだ名がついたという。後輩からは主に「おヒョイさん」と呼ばれる。
芸能界で活躍する一方、東京・南青山でバー「O’hyoi’s」(オヒョイズ)を経営していた。店のロゴマークにはオーナーの藤村のシルエットがあしらわれていた。芸能人が経営する飲食店は、いわゆる名義貸しオーナーの形が多いが、藤村は仕事の合間を縫って店に立つなど、実際に現場での経営を行っていた。また、この店では「お客様にサービスするのが当たり前だから」という理由でサービス料は設定していなかった。2010年12月に閉店。
バラエティー番組などでの、とぼけたキャラクターと自虐とも取れるシュールな冗談で人気を集める。
2015年12月に藤村の夫人が女性自身のインタビューに応じ、『ぶらり途中下車の旅』のナレーションも2015年10月を以て正式降板し、藤村が芸能界から引退した事を公表した。現在は血管の状態が思わしくないため、千葉県の病院に通院しているという