上沼恵美子、息子離婚と母死去で終わる…衝撃の現在…

◆上沼恵美子 長男の超スピード離婚も原因で意気消沈

“西の女帝”として、関西を中心に大人気の上沼恵美子(60才)。「関西では見ない日がない」とまでいわれ、仕事面では絶好調だが、プライベートではそうでもないようだ。画面の外で、彼女に異変が起きているらしい。

「情緒不安定なのか、最近、収録合間に泣き出したりするんです。あれだけネタにしていた息子さんの話も一切しなくなっちゃって…。どうしたんだろうと周囲は心配しています」(テレビ関係者)

上沼の息子といえば、彼女の個人事務所で働く長男(37才)と、東京に出た次男(32才)が昨秋に続けて結婚していたことを女性セブンが報じたばかり(2015年12月17日号)。特に長男は20回以上のお見合いの末に見つけた女性で、上沼も「ようやく肩の荷が下りた」と喜びもひとしおだったという。上沼に何があったのか。取材を進めると、仰天の事実が判明した。

「先月末、長男がもう離婚しちゃったんです。年明けにハワイで挙式したばっかりなのに…。帰りの飛行機で、奥さんは“この家に嫁ぐのは無理だ”と言っていたそうですから、よっぽどのことですよ」(上沼の知人)

“成田離婚”さながらの超スピード離婚だった。別れた原因について、別の知人がこう語る。

「嫁姑問題です。嫁と上沼さんがとにかく合わなかったみたいでね…。上沼さんは芸能界が長いから、気配りや礼儀作法にはうるさいんです。でも嫁は若干のんびりした所があって、さっそくハワイでもぶつかったんだとか。上沼さん、長男夫婦にあたっては結納金から結婚式費用、新居の支度金までかなりのお金を用立てたという話も。離婚については『どないもこないもあるか! あの嫁は金目当てだったんか!』と怒髪天を突く勢いでした」

上沼は昨年12月に母親(享年90)を亡くしており、悲しみが癒える間もなく、今度は息子夫婦が離婚。家族の不幸が続き、今は意気消沈しているのだという。

3月中旬、女性セブンは長男の離婚について話を聞くべく、上沼の自宅を訪れた。夕方5時、ラジオの収録を終えた上沼が帰宅する。記者が声をかけると「へい…」と気のない返事。長男の離婚について質問すると、一転、こわばった表情で沈黙する。

──嫁姑の不仲が原因だといわれていますが。

そう問いかけると、上沼はようやく重い口を開いた。 「そんなんじゃありませんよ。全然、そんなんじゃないの…。ごめんなさいね。ここは事務所じゃないので。失礼します」 ひと言そう話すと、自宅に入って行った。

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上沼 恵美子(かみぬま えみこ、1955年4月13日 – )は、日本のお笑いタレント、歌手、司会者、ラジオパーソナリティである。本名同じ。旧姓、橋本(はしもと)。
兵庫県三原郡福良町(現:南あわじ市福良乙)出身。上沼事務所所属。帝国女子高等学校大和田校(現:大阪国際大和田高等学校)中退。
関西を代表するタレントの1人。主に関西ローカルの番組に出演している。1990年代後半辺りから、彼女の出演するテレビ番組は常に高視聴率を記録している。
既婚、2男あり。

夫は元関西テレビ所属のテレビ演出家、プロデューサー、常務取締役・制作局長、元メディアプルポ(関西テレビ完全子会社)代表取締役会長の上沼真平。

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姉と漫才コンビを組むことになった1971年、中学校卒業後、姉妹漫才コンビ「海原千里・万里」の妹海原千里(海原お浜・小浜門下)としてデビュー。同年、上方お笑い大賞、銀賞受賞。高校生ながら巧みな話術で一躍スターになり、当時人気アイドルだった天地真理に倣い、「漫才界の白雪姫」と呼ばれていた。1973年、NHK漫才コンテスト、最優秀賞受賞。1975年、「大阪ラプソディー」大ヒット(40万枚売上)。
1977年5月22日、真平と結婚。コンビを解消し芸能界を引退したが出産後の翌年7月に芸能界復帰。
1978年4月に長男、1983年5月に次男(構成作家)を出産。 このことについて、後に番組内で「自分には専業主婦は耐えられなかった」と発言。
2014年2月下旬、急性A型肝炎を患い入院した。
2015年、2人の子供が入籍し、姑になった。